今川家、特に女系が国政を預かっていた時代のある特異な稀有な存在として、その分野に詳しい黒田基樹氏を講師に招き講演いただきました。戦国今川家には戦国女性を代表する存在として、戦国今川家初代の氏親の母・北川殿、氏親の正妻・寿桂尼は「おんな家長」として今川家の政務を執っていた。・・・などなど、静岡と大変ゆかりの深い今川家、その中核を担っていた女性たちにフォーカスし解説していただきました。また第二部には、当学会小和田哲男会長との対談が行われ、第一部で受講された小和田会長から今川家おんな家長に関する様々な質問を投げかけ、あまり世の中に出現されていないこの時代の史実を黒田講師が丹念に調べられていて、大変奥深いお話を広げていただきました。
◆日時:2025年1月21日(火)◆会場:静岡商工会議所5Fホール◆講師:黒田基樹氏(駿河台大学教授)
題目:「戦国今川の女性たち」「戦国今川家には、戦国女性を代表する存在が何人もみられていました。戦国今川家初代の氏親の母・北川殿は、夫義忠が戦死してから氏親が元服するまで、今川家の家政を担いました。氏親の家督相続は、北川殿の弟伊勢宗瑞の尽力によるものでした。氏親の正妻・寿桂尼は、氏親の最晩年に政務を代行し、嫡男氏輝が家督を継いだのちも政務を取れない時期、「おんな家長」として今川家の政務を執っていました。4代氏真の正妻・早川殿は、氏真が領国から没落したのち、実家の北条家の庇護をうけていましたが、そこを離れて徳川家康の庇護をうけるようになりますが、彼女はそれに従い、実家から離れて氏真と行動を共にしました。3代義元の娘で氏真妹の貞春尼は、初め甲斐武田義信の正妻でしたが、義信死去後は氏真の元に戻り、氏真が家康を頼った後は、家康嫡男秀忠の女性家老としてその養育を担いました。この講演ではそれら4人の女性たちの動向を取り上げていきます。」という観点で解説頂きました。
今川家、特に女系が国政を預かっていた時代のある特異な稀有な存在として、その分野に詳しい黒田基樹氏を講師に招き講演いただきました。戦国今川家には戦国女性を代表する存在として、戦国今川家初代の氏親の母・北川殿、氏親の正妻・寿桂尼は「おんな家長」として今川家の政務を執っていた。・・・などなど、静岡と大変ゆかりの深い今川家、その中核を担っていた女性たちにフォーカスし解説していただきました。また第二部には、当学会小和田哲男会長との対談が行われ、第一部で受講された小和田会長から今川家おんな家長に関する様々な質問を投げかけ、あまり世の中に出現されていないこの時代の史実を黒田講師が丹念に調べられていて、大変奥深いお話を広げていただきました。
◆日時:2025年1月21日(火)
◆会場:静岡商工会議所5Fホール
◆講師:黒田基樹氏(駿河台大学教授)
題目:「戦国今川の女性たち」
「戦国今川家には、戦国女性を代表する存在が何人もみられていました。戦国今川家初代の氏親の母・北川殿は、夫義忠が戦死してから氏親が元服するまで、今川家の家政を担いました。氏親の家督相続は、北川殿の弟伊勢宗瑞の尽力によるものでした。氏親の正妻・寿桂尼は、氏親の最晩年に政務を代行し、嫡男氏輝が家督を継いだのちも政務を取れない時期、「おんな家長」として今川家の政務を執っていました。4代氏真の正妻・早川殿は、氏真が領国から没落したのち、実家の北条家の庇護をうけていましたが、そこを離れて徳川家康の庇護をうけるようになりますが、彼女はそれに従い、実家から離れて氏真と行動を共にしました。3代義元の娘で氏真妹の貞春尼は、初め甲斐武田義信の正妻でしたが、義信死去後は氏真の元に戻り、氏真が家康を頼った後は、家康嫡男秀忠の女性家老としてその養育を担いました。この講演ではそれら4人の女性たちの動向を取り上げていきます。」という観点で解説頂きました。