第2回講演会

13:50~16:00/しずぎんホールユーフォニア
講演I『近世朱印寺社領の成立-家康~家光(仮)』
■講師 松本和明氏 静岡大学人文社会科学部准教授
講演II『幕藩制成立期の検地と年貢-遠江・駿河の場合-』
■講師 本多隆成氏 徳川みらい学会理事
13:50~16:00/しずぎんホールユーフォニア
講演I『近世朱印寺社領の成立-家康~家光(仮)』
■講師 松本和明氏 静岡大学人文社会科学部准教授
講演II『幕藩制成立期の検地と年貢-遠江・駿河の場合-』
■講師 本多隆成氏 徳川みらい学会理事
古くは室町時代に始まる朝鮮通信使も、豊臣秀吉が文禄の役と慶長の役で朝鮮出兵し、日本と朝鮮は国交が断絶されました。家康公が幕府を開くと朝鮮との国交が徐々に回復していきます。朝鮮外交の重要性を理解していた家康公は、1605年に和睦が成立し、その2年に最初の朝鮮通信使が訪れます。外国との交流はそれまでの時の政権にないダイナミズムで活動していきます。今回の講師として迎えました植松氏には、家康公の広範な外交姿勢について解説頂き、現代にも通じるお話として解説。またミニ講演会として、静岡市歴史博物館学芸課長の廣田浩治氏に「慶長期の家康政権と都市駿府」と題して、学術的見地で大御所政治と駿府都市計画について解説頂きました。
◆日時:2024年6月17日(水)
◆会場:しずぎんホール8Fユーフォニア
◆講師:植松三十里氏(時代歴史小説家)
題目:「大御所家康の外交」
徳川家康が朝鮮外交に力を注ぎ、朝鮮通信使を歓迎したことは、よく知られています。朝鮮貴族の戦災孤児だった、おたあジュリアを駿府城で育てたのも、外交に活かせると踏んだからでしょう。駿府で大御所になってからの家康の視線は、スペイン外交にも向きました。フィリピンからメキシコに向かうスペイン船を寄港させて、浦賀を国際貿易港にしようと計画し、キリシタンを容認。外交顧問だった三浦按針ことウィリアム・アダムスも、その点に協力しています。でも駿府で岡本大八事件が勃発。九州のキリシタン大名や、マカオのポルトガル船を巻き込んだ国際的な事件が、六千両もの莫大な詐欺事件にまで発展したのです。以来、家康の外交方針は一変。キリシタン禁教に向かい、おたあジュリアもキリシタンゆえに駿府城から追放されました。そして貿易港は平戸と長崎、相手国はオランダとイギリスに限定されていきます。そんな家康の知られざる外交政策を探ります。」という観点から解説頂きました。